書くかもしれない写真の本
まだ存在しない本の目次。
長い間写真を撮ってきました。趣味から始め、現在は写真家として10年以上活動しています。
正規(というのがまだあるなら)のルートで写真家になったわけではないので、写真についての本を書くことはありませんでした。
そんな必要もないように思います。例えば、スマートフォンに「写真における光の読み方」と打ち込めば、一般的な知識を得ることができます。なので、自分が一般論を語る意味は、あまりありません。
ただ、今年になって、ニュースレターの発信を始めた結果、実際の経験からくる考えや視点は役に立つかもしれないと考え、写真の本を書いてみたいなと思うようになりました。
そこで頭の中にあるものを、目次の形にしてみました。ここから削ったり、足したりするかもしれません。一般論は最小限にし、自分が経験したことと、それを通じて考えたことを中心に。
第1部 写真と自分の距離
写真が好きですか?
写真が嫌いだった/写真=撮られるということ/嫌いではなく付き合い方を知らなかった写真家になるまで
30歳で初めてのデジタルカメラ/社会との接点/SNSがきっかけで仕事になる写真家の定義
肩書きはもうどうでもいい/写真のために引き返すとき/状態ではなく姿勢
第2部 写真の勉強
カメラの話
富士フイルムの神レンズ/もう一度やり直すとしても単焦点/RAWで撮る写真の練習
同じ場所を撮り続ける/友人と一緒に撮る/一人で撮る/部屋の電気を消す/2020年の花光と影
ビルの隙間から落ちる光/翌日か翌年その場所に戻る/なぜ陰翳に惹かれるのか?構図
結局は日の丸構図/後からトリミングする/残す選択写真以外からインプットする
谷崎潤一郎『陰翳礼賛』/「洛中洛外図屏風」を単眼鏡で見た経験/広重の切り取り/映画や美術館印象に残る写真
再訪、早起き、待つこと/無人になるのを待つ/人が現れるのを待つ/道後温泉の写真
第3部 視点・考え方
何を撮らないか
いまだに「何を撮っているんですか」に答えられない/撮らないものがわかってくる何を見るか
旅の途中/車窓/見ているけれど見過ごされているもの/コインランドリー理論「人と違う写真」は諦める
「人と違う写真」は不可能/写真の署名性/どう生きてきたか写真の時間感覚
少し未来から現在を見る/何気ない写真が意味を持つ/コンセプトは急がなくていいうまい写真といい写真
「うまい」と「いい」は別のもの/写真は会話のようなもの/妻にLeicaを渡した時のこと撮る人の作法
撮ること撮られることの非対称性/一年で消えた東洲斎写楽/展望台の初日の出
第4部 撮った後の話
写真は二回選択する
撮るときと、セレクトのとき/二回目を楽しむ/写真の管理を仕組み化する色と現像
青、緑、オレンジ/癖のない編集/プリセットを買う前にまず自分で写真に言葉を添える
写真には言葉を添える/早朝のアイドリング音/深夜3時の自販機/撮れなくても言葉がある/雪と桜発信との付き合い方
広く浅くから、狭く深くへ/賑わう場所と帰る場所/「SNSで調子に乗って独立した人」残すことの実務
データは消える前提で備える/ローカルとクラウド/究極のバックアップは紙写真集を売る
写真集を作る/写真集を売る/写真が社会と繋がっていく/人の手
第5部 写真を仕事にすること
写真を仕事にすると
入れない場所に入れる/普段会えない人に会える/「最も美しい黒は?」仕事につながる人
写真のうまさではない/「そこに立てる人」か/受注で鍛えられる筋力/向いてない人兼業について
フルタイムとパートタイム/兼業できるなら兼業/時間ができても写真は撮れない
第6部 写真と生きていく
家族写真
子どもの「行為」を撮る/「誰が袖図屏風」/妻の実家の古いアルバム写真と幸福度
「鍋を囲む理論」/やることが多すぎて退屈しない/世界に変えられないためになぜ撮るのか
写真は記憶のトリガー/「別にいやじゃないからね」/立派な動機でなくていい/自己愛でもいい/死んだら全てが良い写真
自分の考えは、間違っているかもしれません。ただ、写真には正解がないとも思います。書くかもしれない、といいつつ、実はもう書き始めています。
もし意見があれば、ぜひコメントで教えてください。
















どれもこれも面白そうなタイトルです。うんうんと頷いたり、これはどういう話だろうと想像したり。そして最後の「死んだら全てが良い写真」にはやられました!
これから保井さんの視点で語られる写真の話、楽しみにしています。